テキスト

■変化/変容についての警句・発言・箴言集

変容のエチカ

「なにひとつ変えてはならない、すべてが変わるために」
(ロベール・ブレッソン/J-L・ゴダール/ペドロ・コスタ)

「ただしいものなどなにもない、すべてはゆるされる」
(ウィリアム・S・バロウズ)

 

「なにも変わりはしない、変わるのはぼくらだ」
(ヘンリー・デヴィッド・ソロー)

「あなたがこの世界で見たいと望む変化があるのなら、
あなた自身がその変化にならなければなりません」
(ムハトマ・ガンジー)

「もし世界をより良くしたいと思うなら、まず自分をふりかえり、自分自身から変えてゆくことだ」
(マイケル・ジャクソン)

「あなたのおこなう行動が、 ほとんど無意味だとしても、 それでもあなたは、 それをやらなければなりません。 それは世界を変えるためにではなく、 あなたが世界によって変えられないようにするためにです。」 (ムハトマ・ガンジー)

 

 

 

 

 

「私たちの周囲にはかつてないほど情報があふれ、そこから逃れることはできない。デスクの上にも、ポケットの中にも、カフェのテーブルにもコン ピュータがある今、情報はまるで空気に乗って私たちの周りを漂っているようだ。それなのに、自分がどんどんばかになっている気がしてならない。実際、平均 すれば、われわれは上の世代より無知なのではないか。アップルストアに並ぶ長蛇の列や、歩きながら携帯電話をのぞきこむ人々。人類はゾンビになってしまっ た。「いや、非常に忙しいゾンビだ」という弁明が聞こえてきそうだ。メールを読み、ツイッターでつぶやきながら、他人のツイートに返信する。アプリをダウ ンロードし、写真をアップロードする。フェースブックを更新し、世界中が自分のことを気にしているような気になって、好きなものや嫌いなものを世界に向け て発信する。では、私たちがしていないことは? それは「考える」こと。情報を処理してはいるが、考えてはいない。2つは別物だ。要はデジタルツールを触 りながら、ダラダラしているだけ。リンクをクリックしては、自己顕示欲の強い愚か者や評論家、広報やマーケティングの担当者らが垂れ流す無意味なゴミの激 流をかき分けている。」(ダニエル・ライオンズ「iPad であなたはもっと馬鹿になる/デジタル機器やウェブに振り回されて人間は「忙しいソンビ」になった」)

「人間になろう」(マイク・ミルズ)

変容の岬=キャップについて

「私たちは、ハイパー技術が現出させようとしているトランスフォーメーションの岬の光景をつくりかえ、人間的生存に魅惑をとり戻さなければならないと考えた。つまり、それがアートである。生存のアルス(わざ)としてのアート。すでに私たちの現実である技術的変容の岬の突端に立って、そこを偶然と歓びにみちた未知の地形につくりかえるのである。そのようなトランス=トランスフォーメーションのためのアルスだけが、今日ではアートの名前に値する、と私たちは信じる。」(中沢新一「トランスフォーメーションの岬(※「変容の岬」草稿)」より抜粋)

「キャップ」という語は、周知のように、頭もしくは突端の突端性、目的と末端、最後のもの、最終のもの、最終的な突端、終末一般を意味するが、このように航空・航海用語としては、たいてい誰かによって方向づけられ、計算され、熟慮され、秩序づけられた運動の極、終わり=目的、テロスを指示する。誰かと男性形で言うのは、それが女ではないからである。一般に、そしてわけても戦時においては、針路を決定し、彼自身がそれである突き出た先端を決定する者、自分の操縦する船または飛行機の先頭に立ち、船首を決定するのは男なのだ。終末論と目的論、それは男=人間である。彼こそは乗組員に指示を与え、舵や操縦桿を握る。要するに、乗組員と乗り物の先頭に、指揮者として立つのであり、彼自身が頭なのだ。そして彼は、しばしばキャプテンと呼ばれる。l’autre cap という表現はまた、他の方向が告げ知らされること、すなわち、目的地を変えなければならないことをも示唆することができる。方向を変えること、それは目的を変えること、他のキャップを定めること、キャプテンの年齢や性別は変えずとも(とはいえ、変えていけない理由はない)キャプテンを変えること、さらには、他のキャップがあることを想起することをも意味しうる。というのも、キャップは単にわれわれのキャップであるばかりでなく、他のキャップでもあり、単にわれわれが同定し、計算し、決定するキャップであるばかりでなく、われわれがその前で応えねばならず、われわれがそれをおのれに想起し、それについておのれに想起しなければない他者のキャップでもあって、他者のキャップはおそらく、破壊的な自己中心主義(自己または他者の自己中心主義)ではない同一性や同一化の第一条件だからである。しかし、われわれのキャップを超えておのれを呼び戻さなければならないのは、ただ単に他のキャップヘとばかりではなく、とりわけ他者のキャップヘとばかりでもなく、おそらくはキャップの他者へとである。言いかえると、もはやキャップの形式、記号、論理に従わず、反キャップの(あるいは脱キャップの)それらにさえ従わない他者への同一性の関係へと、おのれを呼び戻さなければならないのだ。(…) 新しいものの侵入、他の今日の唯一性は、そのものとして待ち受けられるべきだろうし、予見不可能なもの、先取不可能なもの、統御不可能なもの、同定・同一化不可能なものとして、つまり、まだそれについての記憶がないようなものして先取されるべきだろう。けれども、われわれの古い記憶は、キャップを先取し保持することもまた必要である、とわれわれに言う。というのも、先取不可能なものとか絶対に新しいものとかいったスローガンにもなりうるモチーフのもとで、最悪のものの亡霊が、われわれがすでにそれと認めたこの亡霊が回帰してくるのを見るはめになるかもしれないからだ。」(ジャック・デリダ「他の岬」より抜粋)

生命の樹について

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「詳細なDNAの比較によって、あらゆる種の他のすべての種との実際の進化的類縁関係についての、私たちの知識の空白がすぺて埋められるだろう、完蟹な確実さをもって、すぺての原生生物を網羅した完全な系統樹を知ることになるだろう。それがどのような姿に描かるか、誰にもわからない。だがそれは、いかなる実用的な大きさの紙にも収まりきらないだろう。この方向での、これまでのところ最大規模の試みは、最初のスーパーコンピューター開発者一人であるダニー・ヒルズ(原文ママ)の弟、ディヴイッド・ヒルズ(原文ママ)を中心としたグルーブによってなされた。ヒルズ(原文ママ)のブロットは、系統樹の模式を円のまわりに巻きつけることで、よりコンパクトなものにしている。字が小さくて読みづらいかもしれないが、参考までにヒトについては「あなたはここ」と書き込んである。この円周に入るものでヒトにもっとも近い親戚がネズミ類であると言ったら、ヒルズの巨大な円周プロットでさえ、実際の系統樹からほんの一部を抜き出してきたものにすぎないことが、実感をもっておわかりいただけよう。ツリーの他の大枝すべてを同じ深さではめ込むためには、哺乳類は大幅に切り捨てなげれぱならなかった。ここに含まれている三〇〇〇種のかわりに一〇〇○万種の同じようなツリーをプロットしようとしたらどうなるか、ちょっと想像してみてほしい。そして一〇〇〇万種というのは、現存生物の種数としてもっとも誇大な推定ではないのである。ヒルズのウェブサィトから彼のツリー…ダウンロードし、プリントアウトして壁紙にする価値は十分にある。紙は少なくとも幅一三七センチメートル以上あることが推奨されている(さらに余裕のあったほうがなにかと便利だろう)。」(リチャード・ドーキンス「進化の存在証明」)

■近・現代美術における変容=変身

  • ステラーク「イヤー・オン・アーム」
  • オルラン「セルフ・ハイブリディゼーション」
  • ヨゼフ・ボイス「私はアメリカが好き、アメリカも私が好き」
  • ブルース・コナー「クロスロード」
  • ポール・マッカーシー「スパゲッティマン」
  • ジェーン・アレクサンダー「ブッチャー・ボーイズ」
  • 飴屋法水(テクノクラート)「ダッチライフ」
  • ヤン・シュヴァンクマイエル「フローラ」
  • ヤン・シュヴァンクマイエル「人間椅子」
  • ヤン・シュヴァンクマイエル「自然誌シリーズ」
  • マーク・プレント「イマジン・ミー」
  • ジョン・ケスラー「ケスラーズ・サーカス」
  • ロバート・ロンゴ「オール・ユー・ゾンビーズ」
  • ウィルソン・ビゴー「ゾンビ」フィッジ美術館
  • アナ・メンディエタ「髭の移植」
  • ポール・ゴーギャン「偶像」エルミタージュ美術館
  • フーゴー・バル「翼」
  • パブロ・ピカソ「ゲルニカ」
  • チャップマン兄弟「戦争の惨禍」
  • ジョン・ハートフィールド「SPD党大会のためのポスター」
  • ハウスマン「現代的精神」ポンピドゥーセンター
  • マックス・エルンスト「殺人飛行機」メニル・コレクション
  • マックス・エルンスト「百頭女」
  • サルバドール・ダリ「ゆでたインゲン豆の柔らかい構造」フィラデルフィア美術館
  • バルテュス「地中海猫」
  • ダビド・アルファロ・シケイロス「教会の悪魔」メキシコ近代美術館
  • ジャクソン・ポロック「月の女」グッゲンハイム基金
  • ピエロ・マンゾーニ「魔法の台」
  • フランシス・ベーコン「キリスト磔図のための習作」グッゲンハイム美術館
  • キース・ヘリング「無題」(犬人間)
  • シンディ・シャーマン「無題」
  • あさのまさひこ+村上隆「S.M.P.Ko2 STRIKES BACK」(2000年)
  • 村上隆「INOCHI」(2004年)
  • ヤノベケンジ「ジャイアント・トらやん」(2009年)
  • ヤノベケンジ「スタンダ」(2002年)
  • 会田誠「おにぎり仮面の小さすぎる旅」(2005年)
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